横あるき

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OSS Gate東京もくもく会&フォローアップ2018-09-19に参加した

自分は今月の第166回東京エリアDebian勉強会のHack timeで数年間積んでた「The Debian System その概念と技法」という本を読み始めていて、今回のもくもく会はそれを読み進めることにした。

結局4章を少し読み進めただけだったけど、せっかくだからメモもとろうかなと思ってHackMDでメモをとりながら読んだ。

naruogaさんがLibreOffice Conference 2018の発表資料を作りに来られていて、カンファレンスの場所は欧州が多いとか、LibreOfficeがどんな人たちによって開発されているのかとか、発表でどんなことを話すのか、みたいな話をきいた。この雑談で発表資料に書くことが少しまとまってきたそうなので、相談の場になることが目的のひとつとなっているもくもく会としては、良かったなあと思った。

nico-hnさんが今月のワークショップから引き続き参加してくれた。ただ会場に到着なさったのが終了時刻のギリギリだったので、フィードバックの続きをするにはまとまった時間をとってもらうことができなかった。到着予定の時間によっては、欠席を勧めた方が不幸が少ないのかななどと思った。

swamp09さんが取り組んでいたvscode-journal知らなかったんだけど、自分はToDo管理したりメモ取るためのツールを長期的に色々探しているので、興味を持った。


OSS Gate東京ワークショップ2018-09-08にサポーターで参加した

当日の様子

入り口に置いてあった立て看板

会場は初めてGMOメディアさんに提供してもらえた。GMOメディアさんの関係の方でワークショップに参加してくださった方が6〜7人くらいいたと思う。みなさん会場運営で参加の予定が、サポーターをすることになるという行き違いがあった。混乱があったけど、最終的には各々サポーターやビギナーで参加してくださった。とてもありがたかった。

ワークショップ中の様子

進行役は初進行役1Piroさんだった。結構ワークショップで顔をあわせていて、サポーターとしてとても経験豊富な方だったので、個人的には進行なさっている様子を完全に安心してみていた。会場もサポートメンター的によくまわってみられていて、非常にサポーター経験者やOSS開発経験者として気の利いたアドバイスをなさっていた。私は自分ではあまり踏み込んだアドバイスができてないなと毎回思っているので、見習いたいな〜と思った。

私は15分遅刻して会場に到着してしまい、ワークショップ序盤における会場運営側の方々やPiroさんのフォローが十分にできなかった。会場についてからはサポートメンター的に会場をまわったり、主に2人のビギナーについてサポーター的にサポートしていた。

自分がついたうちの1人のビギナーについて、シナリオ通りから路線変更してサポートしてみようと思った。具体的には、なかなか動かす対象のソフトウェアが決まらなかったんだけど、たまたまUIの日本語翻訳がTODOになっているソフトウェアにたどり着いたので、それをプルリクエストにして出すことになった。結果的には順調に翻訳が済んでプルリクエストになり、後日マージされた。ビギナーの方も楽しんで取り組めたみたいだし、余った時間でシナリオに近いフィードバックのタネを思い出されたみたいで、そっちも取り組んでいる様子だったので、なんか嬉しかった。これからもビギナーの人をよく観察して柔軟にサポートしていきたいと思う。

ワークショップのアンケート回答の時間に、アンケートのプルリクエストをマージできる権限を持っている人が自分しかいないことが分かり、パニクった。前回の東京ワークショップからアンケートのYAMLの文法チェックがCIで動くようになっており、これが心理的に大変助かった2。一人で十数人のアンケートをなんとか取り込むことができた。CIがなかったら悲惨なことになっていた。

ワークショップ終了後は自分含む希望者6人で懇親会に行った。会場運営側でビギナーのサポートも手伝ってくれた方から「実はOSS Gateには前から興味があったので今回参加できてよかった。自分も一度ビギナーでOSS開発を体験したくなったので、次回の東京ワークショップにビギナーで参加したい」という話を聞き、とても嬉しかった。

メモしておきたいこと

デモについて

今回は結構な割合でビギナーの人がフィードバックまで行けた。そうなった理由のひとつとして、進行役の方針でデモの時間が少なめになっていた分、ビギナーの人が手を動かす時間を多めにとれたのではないか、という話が懇親会で出ていた。

一方でアンケートのいくつかから「やはりフィードバックのデモはほしかった」という反応もあった。デモをじっくりやる/ほぼやらないという考え方ではなく、もう少しライトにデモをやる方法を考えてみてもいいのかなと思った。

従来のデモの方法としては、

  1. 完全にデモ中に動かすOSSもフィードバックの内容もライブで決めてデモしてみせる
  2. 事前(当日前や当日のスキマ時間)にデモ用のissueを作って用意しておく
  3. 過去のワークショップでデモに使ったissueを使う

というのが私の観測範囲とか私が進行役をしたときにあった。3.までくるとかなり説明も準備も楽になってくる。試していないけどさらに楽な方法として、

  • 過去のワークショップのビギナーのissueを使う

というのもありかなと思った。自分が説明に良さそうだと思うissueを探す手間があるけど、誰か試してみてはどうだろう?

ワークショップでのメモのとり方

メモのとり方の説明として、「こまめにメモをとろう」というのがある。issueでこまめに小さい粒度でコメントしてくれるのが自分は理想だと思っているんだけど、ひとつのコメントにある程度メモを書き溜める人がビギナーの半分くらいいた気がする。以前のワークショップでも手元でメモを貯める人がいたので気になっていた。

フィードバックはともかく、動かしてみる時間では小さい粒度でコメントしてくれたほうがサポートメンターをしながらissueで様子がみやすいので嬉しい。そういう方向に持っていくには、デモでGitHub issueでコメントを細かく投稿してみせるのも大事だろうなと思うし、スライドの説明を少し追加したり変えるのを検討しても良いかなと思った。


  1. 実はOSS Gate東京ワークショップ2018-07-28で初進行役をなさるはずだったけど、台風で中止になってしまった [return]
  2. それでも、アンケートファイルのファイル名が想定していないものになっていてチェックをすり抜けたものもあったりはした。難しい [return]

自分には受験(勉強)アレルギーがあるという話

入試を経て進学することに何かしらのやりがいを見つけられる人にとっては、鼻で笑う話です。

幼少期: お受験

なんかおはじきを箸でつまむ練習とか、「あなたはお友達にこんなことをしました。お友達はどう思いますか?」みたいなお気持ち問題に答えるとかをお受験塾でやっていた記憶がある。

結果

数校受験したけど抽選落ちとか、試験で普通に落ちたりした。公立に進学した。

小学校: 中学受験

お受験で(自分が想像する)両親の期待に応えられなかった気持ちがあったと思うし、自分の姉は中学受験をしたということもあり、塾に通いだした。塾に通いだしてから以下のような変化があった。

生活リズムが崩れた

塾の宿題が(自分にとっては)多すぎて、夜ふかししてもこなせなかった。元々朝が弱かったが、本格的に生活リズムが崩れだして学校に1時間遅刻とかするようになった。

学校の勉強に身が入らなくなった

宿題は(夏休みなど計画性はなかったが)それなりにやる方だったし、学校の授業もそれなりに楽しんでいたが、前述のとおり塾の宿題が多くて学校の宿題に手が回らなくなった。また、塾で先に単元をやってしまうので学校の授業が退屈になった。

塾というものが嫌いになった

他の塾生と週3〜5回すし詰めになって授業を受けたという単純な身体的ストレスもあれば、急にヒステリックを起こす塾講師がいるとか成績の上下動、志望校別の授業で戦力外通告を受けるといった精神的ストレスがあった1

結果

受験で進学先は見つかったが、「これで受験というものから解放される…」と思ったら、今度は6年後の受験に向けてしごかれることが分かり絶望してしまった。入学して3ヶ月程度で精神が駄目になって不登校になり、次の年度で公立に転入した。

中学: 高校受験

不登校をしつつ、毎週謎のおじさん2のところで話をしたり学習支援を受けたり、毎月病院に通ったり担任と2者面談をしていた。担任に「この高校はどうかな?」と勧めてもらったところが昼間定時制の高校だった。

親や謎のおじさんと見学に行ったら、不登校経験に理解のある高校だったり、時間割が柔軟に組めたりすることが分かった。書いていないがこれまでの経験で学校がとても嫌いになっていた中で、その高校は比較的しくみ的にも雰囲気的にも変わった学校で、ここなら行きたいと思った。

結果

受験勉強では親や謎のおじさんの協力もあって、その高校に無事合格して進学することができた。公立の中学校のクラスメイトや校長、教師の方々も私の不登校に理解があってとてもありがたかった。

高校: 大学受験

中学ぐらいから情報科学とか学びたいという気持ちははっきりしていた。高校は数年ぶりに学校に通って授業を受けていたので結構楽しかったのと同時に、学校に通ったり授業受けるだけで結構いっぱいいっぱいだった。これに加えて受験勉強をするのは自分の要領の悪さからはちょっと考えられなかった。

これじゃいかんと思って予備校に通おうとしたこともあったが、全然活用できず通うのが嫌すぎて授業料に見合う使い方ができなかった。

高校の卒業も危うくて1年休んだり、その間高卒認定をとったりもしていた。

大学の選び方

いわゆる大学受験の勉強がもう全然できる兆しがなかったので、まずセンター対策ができない。センター対策ができないので、センター利用もセンター足切りも通る可能性は皆無だった。ので、自分がとれる方法は以下のものだと考えていた。

  1. 通学制私立の一般入試
  2. 推薦
  3. AO
  4. 通信制大学

通学制ではひとつの私立の情報系学部でAOと一般を受験した。そこは一般入試の入試科目に「情報」があったので、受けてみようかなという気になった。

AOは評価書を人に書いてもらう必要があったが、高校生活で学校外で出会った人にお願いすることが出来た。そういう人とのつながりがなかったら、AOの出願は考えなかったかもしれない。

並行して通信制大学をいくつか調べた。サイバー大学とかBBT大学とか放送大学とか。入学相談会とかも行ったんだけど、最終的には入試がなくて一番アカデミックなものが学べそうということで放送大学に出願することにした。

ちなみに浪人するという方法もあったかもしれないけど、予備校に通うことは避けられなさそうだし、予備校に通おうとしても精神的に通えなかったので、自分にとっては選択肢に入らなかった。

結果

通学制大学のほうはAOも一般も落ちて、それは別に良かったんだけど、その年は合否結果を出すのがあまりに遅くて、放送大学の出願期間ギリギリになって放送大学にも入れない可能性があった3

合否結果が分かった日、自分は親と旅行に行っていて、放送大学の入学に必要な出願票は用意していたけど、バカなことに大学入学資格を証明する書類が揃っていなかった。高校で卒業見込証明書を出してもらう日程的余裕はなかった。結果的には奇跡的に高卒認定証明書の写しが代替できることが分かり、姉に家の中で探してもらってコピーしてもらい、姉に出願書類を提出してもらった。感謝してもしきれない…

現在

放送大学では学びたかったことを知識として色々学べているし、通信指導問題や単位認定試験を科目の学習に活かせていて本当に幸せ。

一方で受験という面で人生をふりかえると、高校受験やAOで様々な人に協力してもらえたこと以外は受験絡みでろくな記憶がなくて、完全にアレルギーになっている。大学受験で真正面から克服できるかなということも一時期考えていたが、駄目だった。

なにより中学受験は

  • 生活リズムが崩れた
  • 学校の勉強に身が入らなくなった
  • 塾というものが嫌いになった

全部精神に良くない影響があったし、「勉強」に対する自分の姿勢を今日まで見失うきっかけになったなと思う。

もちろん、もともと私の事務処理能力が低いのが「勉強」できない原因のひとつだったり、そもそも努力が足りないという非難もあって当然な気はする。それでも「勉強」ができないことを冷静に受け止めて改善することは今でも難しいなと思っている。

関連して、親から教育的投資を受けるのに苦痛を感じるようになった。例外なくそうというわけじゃなくて、中高一貫校は中退で入学料とか授業料を無駄にしたし、中学受験塾や予備校や諸々の受験費用はそのお金に見合うだけのことを自分ができたかというと、甚だ疑問というところから来ている。放送大学は授業料を親に出してもらっていて、1単位1単位見合った学習ができていると自分では思っているので苦痛はないし感謝している。

もう自分の人生に受験というフェーズは来ないでほしいと思っているけど、大学院進学とか資格試験とかあるかもしれないし、途方に暮れている。


  1. まあでも授業時間に必ず星新一のショートショート傑作選を朗読してくれる先生とかもいた。中学受験が人生のうちのほんの短い一瞬であることをその先生は教えてくれていた気がした。 [return]
  2. 自由が丘placeというひきこもりや不登校などを対象に、アパートの一室を借りて居心地のいい空間を提供する活動をなさっていた。今はもうない。 [return]
  3. 通学制の方の結果が分かるまで放送大学に出願するのはなんか嫌だった。受験数も少ないのにもう親のお金を捨てるようなことをしたくなかった。 [return]